Area地域紹介(銀の馬車道)

明治9年(1876)、近代化が進める生野鉱山と飾磨港の間、約49kmを結ぶ 生野鉱山寮馬車道として竣工。明治政府に雇われたフランス人技師・シスレイの指導によって造られ、中世から馬車道の技術を育んだヨーロッパの技術であるマカダム式舗装を採用。日本初の高速産業道路ともいわれている。完成から約130 年が経った今では、道の大部分が国道や県道に変わっているが、所々に往事の面影を偲ぶ遺構が残されている。

■銀の馬車道 https://www.gin-basha.jp

姫路市

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飾磨津(現・姫路港)には、銀の馬車道の発着点である物揚場が造られた。生野鉱山の物資専用の貨物港で、現在もレンガ製倉庫や港湾護岸が残る。薮田と砥堀をつなぐ生野橋は馬車道で最長の橋であり、難工事を物語る馬車道修築の碑が建てられている。

福崎町

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辻川地区は銀の馬車道の道筋でもあり、姫路藩の大庄屋旧三木家住宅など古い建物が残る。近年は辻川山公園に設置された妖怪オブジェも人気。民俗学者の柳田國男の生家のすぐとなりに位置する鈴の森神社は幼き日の國男が遊んだ場所でもある。

市川町

屋形の街並み
まるみや堂
屋形橋
域活性化センター
屋形の街並み
まるみや堂
屋形橋
域活性化センター

屋形地区は当初の馬車道案から外れていたが、町の衰退を懸念した住民らの運動によってルートとなった。近くには近代化遺産の屋形橋がある。また、同町には鶴の恩返しの舞台の一つになった鶴居地区や、水車が回るのどかな田園風景の新野地区もある。

神河町

今も残る馬車道
樂や
福本遺跡
ヨーデルの里
今も残る馬車道
樂や
福本遺跡
ヨーデルの里

銀の馬車道では唯一、当時のマカダム式舗装を見ることができる。生野街道の宿場町として栄えた粟賀町には趣のある街並みが残る。同町には竪穴式住居遺跡や動物と触れ合えるヨーデルの森など、多彩な地域資源があるのも魅力。